神戸の訪問看護師 藤田 愛さんのコラム
千分の一のコロナの訪問看護⑤
投稿日:2021.06.02
※原文およびその他の投稿内容については、藤田さんのフェイスブックでお読みいただけます。
1000分の一のコロナの訪問看護⑤
多い時は10件を超えるのだが、昨日日曜日の訪問は久しぶりに3件。半日の休みを何に使おうかと考えているうちに、何と熟睡してしまったというもったいない休日の過ごし方。
今回は昨日の訪問のご紹介をしたいと思います。在宅医療でもたくさんの回復があることをお伝えします。
一件目
③で紹介した、連絡がつかずに夜に心配して見に行った男性、無事は確認できたが玄関の鍵を開けるだけで50回近い呼吸数、これは酸素飽和度が90以下を示す反応、やはり88%。
夜にどうすることもできない、翌朝無事だった時には「生きていてくれてありがとう」
もう何度心の中でつぶやいただろうこの言葉がまた浮かんだ。
保健センターと連携して、コロナ在宅主治医が見つかり、午後には医師、酸素、ステロイドがそろった。
待ってましたよ、来てくれてありがとう、弾むうれしさ。
医師にハグするわけにもいけないので思わず、酸素器機にハグをした。
その後、何とか酸素飽和度は94%に保てて、昨日はルームエア(酸素なし)で91%、何とか悪化を食い止めることができている。
全くなかった食欲が少しずつ戻り、何か食べれた?と問うと、カレーライス。
神戸市から支給されたレトルトごはんとカレーを一人前食べていた。
カレーライスは回復の兆し、この次は、皆さんお寿司っていう。
ちなみにもう少し元気になったら何が食べたい?
お寿司です(やっぱり)。
お寿司は何が好きなんですか。
はまち、サーモン。
そんなことを思い浮かべるだけで人の回復を下支えしたりする。
目の力がよみがえる。
換気のよくない部屋なので扇風機を使って中の風を外に向けながら10分だけの滞在だが、濃厚な時間を過ごす。
回復はゆっくりだけど、30歳という若さに助けられ、油断はできないがもう悪化はない。
二件目
これまでは家族の誰かが陽性でも全員が感染していることは少なかった。変異株は強くて速いのが特徴、ほぼ全員が感染する。3世代全員が感染した。
重症だった80代の男性の症状がどうしても納得がいかない。
主治医とコロナがきっかけとはいえ別の何かが重症化させてると予測を立て、受診先を探した。
コロナであるがゆえに受診先は見つからない、受診して診断がついても入院もできない。
何時間もかけていく病院が見つかっても、行きは救急車でも帰り道は自力。介護タクシーも使えず、付き添う家族も全員陽性で誰もいけない。
このままだとお亡くなりになってしまう、仕方ないとは思えないが、仕方ないのか。あきらめかけた時に「入院先が見つかった!」と保健センターからの一報。
意識はあるのに全く動かぬ身体、脊損か脳血管イベントのどちらかみたいな症状。
一体、何が起きているのか?
やっと知ることができた。
何となく不調を感じながらもコロナとは気づかず、畑に出た時にふらついて後方に転倒した時に頚部骨折をしていたのだった。
転院し、手術を無事に終えた。
どこまで回復できるか分からないが、コロナであるがゆえに他の疾患イベントの診断、治療まで受けられないことがほとんどの中、もはやラッキーとも思えてしまう。
私たちと同じ、ごく普通の日常を過ごしていた一家。
男性の寝たきり状態、あっという間の家族全員の感染でかつ受診も入院もできない。
神戸市民であっても現実感は持てていない。
ですから、無理なんです。信じがたいでしょう、私もそうです。
でもここでできることをして一緒に戦うしかないんです。
この家族が現実を受け入れるまで3日がかかった。
恐怖と重苦しさが占領する。
その事態の中で唯一、いつもと変わらぬ無邪気さ5歳のコナン君(本人に仮名の希望を聞いたら名探偵コナンのコナンと)。
おじいちゃんを手当てする私のそばにぴったりくっついて、おちんちんのストローどうして抜けへんの、僕だって注射の時泣かへんで、お湯いるんほな100円払ってな、ペットボトル持ってきたろか500円な(笑)
意識を確認していると、それをじっと見ていて「おじいちゃん僕のこと好き?」
男性が、コナンをじっと見つめるが何か言いたそうでも言葉は出ない。
何でそんな質問したのだろう、
あのな、それ聞いたらおじいちゃんに分かりやすいやろ、僕のことが分かるか、好きと言えるか。な?
天才過ぎる。
なあ、将来人を助けるお医者さんになってよ。
いやや、僕は警察官になって悪いことした犯人を捕まえるねん。
看護師さん警察官に捕まったことある?
ある。この間、知らんお家に行くときに迷ってうろうろしてたんよ、そしたら一回止まらなあかんとこで止まらんかったから。
なんでやねん、こんないい人捕まえるとか僕は許さんから、
と一人で全身リアクションで怒っている。私は笑いをこらえるのに必死だった。
おじいちゃんは入院し、家族全員が遅れぬ手当てで回復に向かう。
こんにちは、看護師の藤田です。
玄関を開けるとダッシュでコナンが看護師さん会いたかったーと抱きついてきた。
看護師さんも会いたかったよ、コナンが大好きと抱きしめた。
僕も看護師さんが大好き。
小さな手が私を握りしめる時、きっと幼いコナンなりに状況を理解し、不安ともまだ分からぬ不安と戦って、家族を支えているのだと思った。見事だと思った。
訪問を終えた後、処方箋が出された薬局に誰も外出できないから薬を取りに行ったついでに、あ!コナンへの借金の返済を思いついた。我が家の子供たちはもう20歳を越えて、コナンの年に何を好んでいたか思い出せない。色々なお菓子を手に取ってはうーんこれ昭和、これ平成か、、、多分、これなら令和でもいけるかと意味もなく考えて500円分のお菓子を選んだ。
もう一回、呼び鈴を鳴らすとコナンが窓から顔を出した。
看護師さんどうしたん?
おばあちゃんとお父さんの薬持ってきた。ちょっと助けてくれる?このお薬、こっちがお父さん、こっちがおばあちゃんの分、渡してくれるかな、
任せて僕できる!
で、これはコナンに借りてた500円、返すわな。中身を見てまた全身で喜びリアクション。
じゃあ今日はこれで帰るね。
車が見えなくなるまで近所中に聞こえる大きな声でバイバーイ、バイバーイと手を振っている。私も負けじと窓を開けてバイバーイと大きな声で手を振った。
まだあと少しかかるが、この家族は、無事に回復するだろう。
僕コロナと躊躇なくいうコナンが決して、傷つくことがないことを心から願う。
この家族がそうだったように、ある日突然、誰にもやってくるのだ今回のコロナは。
そして最後の訪問、
フェイスブックの投稿を見て遠く離れた家族が私に日ごとに悪くなっているのに助けが来ない。酸素飽和度89%を示す、パルスオキシメーターの写真と息苦しさと恐怖に耐えかねているというメッセージをくれた。
神戸市の委託契約で訪問できる対象者は限定されていて(後日、詳細をアップします)、その方は対象外だった。
例外を作って下さい。こぼれている方がいるんです。
福祉局の窓口に多分、1時間ほど許可をいただけるまで電話を切りませんみたいな迫力だったと思う。
決まりをはずすことが難しいことも分かっています。でも行かせて下さい。
例外を認めてもらう(認めざるを得ない)ことになり、翌日訪問することができた。対応できる医師のいない地域だったが、エリア外だけど分かりました、訪問します。午後には医師と酸素業者が訪問してくれた。
母と子と私でライン電話。
息苦しくて小さな声で単語だけしか喋れぬ状態だったのに、弾丸トークで私の喋るまなし。息切れもない。
今酸素いくらですか、
あ、酸素つけるの忘れてた。
それで数値測ってみて下さい。
96%、
え???
その後94%に下がったので0.5ℓの流量にして吸入を続けてもらうことにしたが、回復してるやん。
「絶好調!なあなあ藤田さんテレビ見たで、元気だしよ。私より藤田さんの方が休養いるんちゃう」
止まらぬお喋りによかったですね、本当によかったですねと口にしたら、泣けてきて、泣けてきたらもっと泣けてきて。
どうしたん泣いてるん、わはははー。私も何の涙か分からない。
厳しい状況には変わりなく、助けられぬ命も続きます。
病院の医療に比べると在宅医療は戦闘機と竹やりくらいですが、遅くない介入と療養者自身、家族と力を合わせれば回復してゆく方もたくさんいます。
悪化を阻止しての救命や回復は、私に希望を与えてくれます。
この方たちとも、お会いできて光栄でしたとお別れする日が近づいています。
日頃の患者、看護師関係とは全く違う、共に戦った同士のような関係です。
コナンは私を忘れるだろうけど、私はコナンをきっと忘れない。
うれしいことなんだけど、別れが寂しいなあ。
(2021.5.10)
つづく・・・
今回は昨日の訪問のご紹介をしたいと思います。在宅医療でもたくさんの回復があることをお伝えします。
一件目
③で紹介した、連絡がつかずに夜に心配して見に行った男性、無事は確認できたが玄関の鍵を開けるだけで50回近い呼吸数、これは酸素飽和度が90以下を示す反応、やはり88%。
夜にどうすることもできない、翌朝無事だった時には「生きていてくれてありがとう」
もう何度心の中でつぶやいただろうこの言葉がまた浮かんだ。
保健センターと連携して、コロナ在宅主治医が見つかり、午後には医師、酸素、ステロイドがそろった。
待ってましたよ、来てくれてありがとう、弾むうれしさ。
医師にハグするわけにもいけないので思わず、酸素器機にハグをした。
その後、何とか酸素飽和度は94%に保てて、昨日はルームエア(酸素なし)で91%、何とか悪化を食い止めることができている。
全くなかった食欲が少しずつ戻り、何か食べれた?と問うと、カレーライス。
神戸市から支給されたレトルトごはんとカレーを一人前食べていた。
カレーライスは回復の兆し、この次は、皆さんお寿司っていう。
ちなみにもう少し元気になったら何が食べたい?
お寿司です(やっぱり)。
お寿司は何が好きなんですか。
はまち、サーモン。
そんなことを思い浮かべるだけで人の回復を下支えしたりする。
目の力がよみがえる。
換気のよくない部屋なので扇風機を使って中の風を外に向けながら10分だけの滞在だが、濃厚な時間を過ごす。
回復はゆっくりだけど、30歳という若さに助けられ、油断はできないがもう悪化はない。
二件目
これまでは家族の誰かが陽性でも全員が感染していることは少なかった。変異株は強くて速いのが特徴、ほぼ全員が感染する。3世代全員が感染した。
重症だった80代の男性の症状がどうしても納得がいかない。
主治医とコロナがきっかけとはいえ別の何かが重症化させてると予測を立て、受診先を探した。
コロナであるがゆえに受診先は見つからない、受診して診断がついても入院もできない。
何時間もかけていく病院が見つかっても、行きは救急車でも帰り道は自力。介護タクシーも使えず、付き添う家族も全員陽性で誰もいけない。
このままだとお亡くなりになってしまう、仕方ないとは思えないが、仕方ないのか。あきらめかけた時に「入院先が見つかった!」と保健センターからの一報。
意識はあるのに全く動かぬ身体、脊損か脳血管イベントのどちらかみたいな症状。
一体、何が起きているのか?
やっと知ることができた。
何となく不調を感じながらもコロナとは気づかず、畑に出た時にふらついて後方に転倒した時に頚部骨折をしていたのだった。
転院し、手術を無事に終えた。
どこまで回復できるか分からないが、コロナであるがゆえに他の疾患イベントの診断、治療まで受けられないことがほとんどの中、もはやラッキーとも思えてしまう。
私たちと同じ、ごく普通の日常を過ごしていた一家。
男性の寝たきり状態、あっという間の家族全員の感染でかつ受診も入院もできない。
神戸市民であっても現実感は持てていない。
ですから、無理なんです。信じがたいでしょう、私もそうです。
でもここでできることをして一緒に戦うしかないんです。
この家族が現実を受け入れるまで3日がかかった。
恐怖と重苦しさが占領する。
その事態の中で唯一、いつもと変わらぬ無邪気さ5歳のコナン君(本人に仮名の希望を聞いたら名探偵コナンのコナンと)。
おじいちゃんを手当てする私のそばにぴったりくっついて、おちんちんのストローどうして抜けへんの、僕だって注射の時泣かへんで、お湯いるんほな100円払ってな、ペットボトル持ってきたろか500円な(笑)
意識を確認していると、それをじっと見ていて「おじいちゃん僕のこと好き?」
男性が、コナンをじっと見つめるが何か言いたそうでも言葉は出ない。
何でそんな質問したのだろう、
あのな、それ聞いたらおじいちゃんに分かりやすいやろ、僕のことが分かるか、好きと言えるか。な?
天才過ぎる。
なあ、将来人を助けるお医者さんになってよ。
いやや、僕は警察官になって悪いことした犯人を捕まえるねん。
看護師さん警察官に捕まったことある?
ある。この間、知らんお家に行くときに迷ってうろうろしてたんよ、そしたら一回止まらなあかんとこで止まらんかったから。
なんでやねん、こんないい人捕まえるとか僕は許さんから、
と一人で全身リアクションで怒っている。私は笑いをこらえるのに必死だった。
おじいちゃんは入院し、家族全員が遅れぬ手当てで回復に向かう。
こんにちは、看護師の藤田です。
玄関を開けるとダッシュでコナンが看護師さん会いたかったーと抱きついてきた。
看護師さんも会いたかったよ、コナンが大好きと抱きしめた。
僕も看護師さんが大好き。
小さな手が私を握りしめる時、きっと幼いコナンなりに状況を理解し、不安ともまだ分からぬ不安と戦って、家族を支えているのだと思った。見事だと思った。
訪問を終えた後、処方箋が出された薬局に誰も外出できないから薬を取りに行ったついでに、あ!コナンへの借金の返済を思いついた。我が家の子供たちはもう20歳を越えて、コナンの年に何を好んでいたか思い出せない。色々なお菓子を手に取ってはうーんこれ昭和、これ平成か、、、多分、これなら令和でもいけるかと意味もなく考えて500円分のお菓子を選んだ。
もう一回、呼び鈴を鳴らすとコナンが窓から顔を出した。
看護師さんどうしたん?
おばあちゃんとお父さんの薬持ってきた。ちょっと助けてくれる?このお薬、こっちがお父さん、こっちがおばあちゃんの分、渡してくれるかな、
任せて僕できる!
で、これはコナンに借りてた500円、返すわな。中身を見てまた全身で喜びリアクション。
じゃあ今日はこれで帰るね。
車が見えなくなるまで近所中に聞こえる大きな声でバイバーイ、バイバーイと手を振っている。私も負けじと窓を開けてバイバーイと大きな声で手を振った。
まだあと少しかかるが、この家族は、無事に回復するだろう。
僕コロナと躊躇なくいうコナンが決して、傷つくことがないことを心から願う。
この家族がそうだったように、ある日突然、誰にもやってくるのだ今回のコロナは。
そして最後の訪問、
フェイスブックの投稿を見て遠く離れた家族が私に日ごとに悪くなっているのに助けが来ない。酸素飽和度89%を示す、パルスオキシメーターの写真と息苦しさと恐怖に耐えかねているというメッセージをくれた。
神戸市の委託契約で訪問できる対象者は限定されていて(後日、詳細をアップします)、その方は対象外だった。
例外を作って下さい。こぼれている方がいるんです。
福祉局の窓口に多分、1時間ほど許可をいただけるまで電話を切りませんみたいな迫力だったと思う。
決まりをはずすことが難しいことも分かっています。でも行かせて下さい。
例外を認めてもらう(認めざるを得ない)ことになり、翌日訪問することができた。対応できる医師のいない地域だったが、エリア外だけど分かりました、訪問します。午後には医師と酸素業者が訪問してくれた。
母と子と私でライン電話。
息苦しくて小さな声で単語だけしか喋れぬ状態だったのに、弾丸トークで私の喋るまなし。息切れもない。
今酸素いくらですか、
あ、酸素つけるの忘れてた。
それで数値測ってみて下さい。
96%、
え???
その後94%に下がったので0.5ℓの流量にして吸入を続けてもらうことにしたが、回復してるやん。
「絶好調!なあなあ藤田さんテレビ見たで、元気だしよ。私より藤田さんの方が休養いるんちゃう」
止まらぬお喋りによかったですね、本当によかったですねと口にしたら、泣けてきて、泣けてきたらもっと泣けてきて。
どうしたん泣いてるん、わはははー。私も何の涙か分からない。
厳しい状況には変わりなく、助けられぬ命も続きます。
病院の医療に比べると在宅医療は戦闘機と竹やりくらいですが、遅くない介入と療養者自身、家族と力を合わせれば回復してゆく方もたくさんいます。
悪化を阻止しての救命や回復は、私に希望を与えてくれます。
この方たちとも、お会いできて光栄でしたとお別れする日が近づいています。
日頃の患者、看護師関係とは全く違う、共に戦った同士のような関係です。
コナンは私を忘れるだろうけど、私はコナンをきっと忘れない。
うれしいことなんだけど、別れが寂しいなあ。
(2021.5.10)
つづく・・・
※藤田さんの著書は台湾でも翻訳出版(写真左)されています。
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