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ニュートリション・ジャーナル NUTRITION JOURNAL第7回

ニュートリション・ジャーナル NUTRITION JOURNAL ” 理解なき支援が「溝」を生む” Vol.02_その2

投稿日:2017.08.28

食べる楽しみを届けてくれた 成形した“嚥下食”

食べたい想いと家族の不安

「地獄のような10年でした」。そう振り返る江端真澄さん。
わたなべクリニックの訪問診療を受けている江端重夫さんの妻だ。傍らには娘の左恵子さん。
重夫さんは、1988年喉頭がん、2005年に下咽頭がんで食道再建術を受けている。二度目の手術後、縫合不全により6カ月も経鼻経管栄養が続いた。その後、咽頭頸部食道狭窄が発覚し、徐々に悪化、現在狭窄部位は内径2~3mmほどになる。それ以上の大きさの固形物は嚥下できず、狭窄部を閉塞させ嚥下不全になる現状だ。
食事は、当初はすり鉢でつぶしたやわらか食。徐々に喉の状態にあわせてミキサー食(ペースト食)に移行。家族と同じ食事や重夫さん用に個別で作った食事を一食一食ペースト状にした後に、念のためガーゼで裏ごしをしてなめらかな状態にする手間は、毎日毎食のことだけに計り知れなかった。
詰まらせるたびに、病院へ行き、鉗子付咽頭ファイバーで摘出してもらうために受診をする負担も相当のものだ。
「詰まるかもしれない…と毎食のように不安を感じていました」と語る左恵子さん。家族の不安とは裏腹に、重夫さんの食べることへの欲求は強い。
それならば、本人の希望に沿って、食べさせてあげたい―真澄さんと左恵子さんは、日々、負担や不安を抱えながらも、口から食べてもらうことを目指していった。
どの食材なら食べられるのか、どう調理したら食べられるのか、当時は誰かに教えてもらえる状況ではなかった。暗闇の中を歩くように、試行錯誤をしながら、チャレンジし続ける毎日だった

地獄のような10年から一転

手探りの中、2015年秋頃に、左恵子さんは“べたつき”が詰まる原因ではないかという仮説を立てた。
情報収集の中で、食材にもともとあるべたつきを飲み込みやすくするには「とろみ材」が最適ではないかと考えた。病院の内視鏡検査で咽頭の映像を見たときに、とろみ材を使った食事は、喉への付着がないことを目の当たりにする。
その後プロ専用のブレンダーを導入、嚥下食の専門書も手に入れ、とろみ材を使ったペースト状の嚥下食づくりにさらに力を入れるようになった。
次第に摘出で病院を受診する機会が減ってきた
またそんな頃に、“わたなべ在宅塾”の存在を知る。
「医療従事者の方が参加する塾でしたが、患者家族として参加させていただき、はじめて食支援(在宅NST)について知りました。
2016年5月から同クリニックの訪問診療を始め、医師、看護師、言語聴覚士、管理栄養士が、内科全般と食支援を診てくれることになり、同じ想いで歩んでくれる仲間ができたのです」。
さらに大きな転換となったのは、「口から食べることをあきらめていたあの人へ」と題したNHKカルチャー主催の『おうちでできるえんげ食』の一日講座だった。
「2016年7月に参加したのをきっかけに、道が開けたのです。講師の先生(ニュートリー株式会社の管理栄養士)が、ゲル化材を使うとペースト状の食事が普通の食事と変わらない見た目に成形できることを教えてくださいました。
しょうが焼きの嚥下食の調理実習を見たときは驚きました!
お父さんに昔と同じように普通の食事を作ってあげられる!そう意気込んで帰路に着いたのを鮮明に覚えています」と真澄さんは語る
以降は、クリニックの訪問管理栄養士の指導で、成形できる嚥下食づくりに力を注ぐ日々が始まった。江端家への訪問栄養食事指導を担当しているのは、管理栄養士・村田味菜子先生だ。
「村田先生の手ほどきを受けると、火をいれるタイミングやどんなテクスチャーが良いのか、計量の仕方、ゲル化材の計算の仕方など、日常的に、ゼリー食を作るコツを教えてもらえて助かります。
目の前で教えてもらえると『大変!』という想いが吹き飛んで『作れる!やれる!』という気持ちになるんです。
成功体験が、嚥下食のメニューを増やしてくれます。本人の食べたいメニューをさらに増やしていきたいと思います」
と左恵子さんは意気込む。
成形できる「嚥下食」が、家族に食べる楽しみをもたらしてくれた。皆、希望を胸に前向きな心持ちでいる。
「2016年5月から江端さんの訪問栄養食事指導を担当していますが、家族の経口摂取への努力の結果、江端さんの1日平均栄養量は1600~1800kcalを維持でき、体重も安定しています。Alb4.0以上、血糖も安定しています。
検査値はあくまで参考とし、まずは美味しく食べて頂くこと、そして元気になって頂くことが大切です。美味しい食事を栄養につなげることが栄養士の役割です。
その人に合った嚥下食を、患者・家族と一緒になって考えなければなりません」
と、医学的・栄養学的視点からの食事指導の重要性に触れる村田先生。
在宅で診察や嚥下内視鏡検査(大阪大学大学院歯学研究科顎口腔機能治療学教室 野原幹司准教授による)を受け、かみ合わせの良い義歯を入れたことで重夫さんの嚥下機能が改善。
初孫にも恵まれ、誕生日には三世代一緒のテーブルで同じ食事を共にしたいとの想いから、嚥下食のロールケーキを制作した左恵子さん。
そのレシピは全国嚥下食レシピコンテストで大賞を受賞した。あの地獄のような10年間がいま劇的に変わった。
「今は在宅医療の環境が整い、摂食嚥下障害、嚥下食についての情報も以前より得られやすくなっています。かつての私たちのように嚥下障害に困っている人がいれば、少しでも早く新しい情報にアクセスしてほしい。
今は、食支援のプロフェショナルがいる時代。未来は変えられると思います」
と娘の左恵子さん。
母娘の愛情と工夫に支えられ、嚥下障害を持つ重夫さんは、今日も真澄さんと左恵子さんお手製の嚥下食を楽しんでいる。

ニュートリション・ジャーナル
理解なき支援が「溝」を生むVol.02
その2『食べる楽しみを届けてくれた「成形した嚥下食」』

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