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ナースマガジン vol.50

胃ろうと嚥下リハビリテーションの現場から考える-適切な栄養ルートの選択を目指して-

「食べること」は、健康や生活、尊厳を支える基本的な営みです。その実現には、患者それぞれの身体状況や回復の可能性を慎重に見極め、食べることが難しくなったとき、まず経鼻胃管などで栄養状態を支えつつ、嚥下機能を評価し回復の可能性を探ります。その上で、個々に適した栄養ルートを慎重に選択することが求められます。本鼎談では、経鼻胃管や嚥下リハビリを通じて、多様な患者のニーズにどのように応えるか、胃ろうの役割を軸に医療現場の課題と展望を議論します。

東邦大学医療センター大森病院
栄養治療センター

NST部長 鷲澤 尚宏 先生 (左)
副部長(嚥下チーム長) 関谷秀樹 先生 (右)
摂食嚥下障害看護認定看護師 山崎香代 先生 (中央)

栄養ルートにおける胃ろうの位置づけ

関谷:
 当院では「2週間以上の経鼻胃管が入る可能性がある嚥下障害の場合は、栄養ルートの設定を検討する」としています。嚥下内視鏡の初期評価では、経鼻胃管が右鼻から入り、咽頭でクロスして左の梨状窩に斜めに入るケースがあり、飲み込みを妨げることがあります。内視鏡で確認し不適切であれば修正します。この初期評価は予後を左右する重要なポイントです。

 2週間の間に嚥下内視鏡や嚥下造影検査、経口摂取訓練を経て、初めて胃ろうの選択肢が検討されます。一方で、中心静脈栄養カテーテルを一時的に留置しながら嚥下リハを進める場合もあり、嚥下障害回復の可能性があれば、胃ろうはまだ先の話になります。

 以前は診療報酬の影響で「とりあえず胃ろうを入れて様子を見る」ことが多くありましたが、現在は嚥下改善の可能性を確認した上で胃ろう造設するという保険点数の仕組みに変わっています。当院は高度急性期病院なので、まず胃ろうを入れて、嚥下に影響がないようにリハビリをしようという時期ではありません。
鷲澤:
 一部の医師の中には「胃ろうにならない人生」を理想と考える方もいて、「嚥下機能はなんとかなるので、胃ろうをつくらないで済みそうですよ。良かったね。 」 と発言することがあります。これが患者さんやご家族に「胃ろうは避けるべきもの」という印象を与えてしまうことがあります。胃ろうは適切に導入すれば栄養状態を安定させ、嚥下リハを支える重要な選択肢です。それにもかかわらず、胃ろうに対する恐怖感や不安、そして十分な説明がないままでは、最初から前向きに受け入れる患者さんはほとんどいないと思うのです。

 例えば、胃ろうは大掛かりな装置だと思っている患者さんに、小さなボタン型カテーテルを渡すと「これですか?」と驚き、恐怖心や誤解が解けることがあります。
山崎:
 私は、「胃ろうはもう一つの口」と説明しています。例えば、パーキンソン病が進行してお薬が飲めなくなっても胃ろうからの服用が可能です。さらに、脱水を防ぐためにも使えるので、「いざというときの頼れる口」 として伝えると納得される方が多いです。

「悲しい胃ろう」と「ハッピーな胃ろう」

鷲澤:
 リハビリや栄養補給は、その人の生き方やQOLの改善を目的に行います。しかし、日本摂食嚥下リハビリテーション学会で共有されている専門的知識や熱意が、すべての医療者に行き渡っているとは言えない現状があります。多忙な診療の中で、胃ろうの適応や意義、合併症対応、さらには患者さんやご家族への説明を学ぶ機会が十分でない方もいます。その結果、嚥下リハの専門家と連携する際に、視点が 一 致しづらいことがあります。これは、医療現場全体で情報共有が不十分なことも一因でしょう。

 また、「胃ろう管理はこうあるべき」という固定概念があることも否めません。患者さんの状態や病状は一人ひとり異なり、胃ろうが最適ではないケースもあります。例えば、胃の形や位置の違いから、逆流や胸焼けを引き起こすことがあります。経鼻胃管の方が適していても、知識や経験の不足から胃ろうを選択せざるを得なかったケースも少なからず存在します。PTEG(こちらの記事参照)が適応されるべき状況でも、管理経験や知識の不足から胃ろうを選択した結果、皮膚がただれたり胸焼けに苦しむ患者さんがいます。そういう胃ろうは「悲しい胃ろう」です。
関谷:
 「悲しい胃ろう」というカテゴリーは、医療者同士で認識しておいた方がいいですね。急性期病院で胃ろうのある嚥下障害の患者さんを診ることがあり、「本当に必要だったのか?」と疑問に思うことがたまにあります。
山崎:
 実際に嚥下機能評価を行うと、食べられるということの方が当院では圧倒的に多いですよね。

 一 方、経腸栄養管理が必要な在宅療養に関しては、胃ろうがあった方が管理もしやすいと思います。栄養バランスが良くなって、経口摂取可能になってくることがあります。
関谷:
 意識レベ ルが比較的良好で、ADLが自立している患者さんでも、嚥下だけうまくできないことがたまにあります。こういう患者さんにとって、胃ろうで栄養の基盤が確保されていることは、長期的な治療を有利に進める大きなポイントになります。
鷲澤:
 どうすれば「ハッピーな胃ろう」になるかを考えることが大切です。そのためには、最新の情報を開示し、共有していくことが不可欠です。医療は常に進化しているので、10年前の知識に頼るのではなく、新しいトピックや技術を積極的に取り入れる姿勢が求められます。
山崎:
 当院では、看護師が初期評価を担当し、患者の「食べたい」という気持ちをいち早く察知し、ケアに繋げるよう努めています。そのためには、確かな知識と技術の習得が欠かせません。医療のクオリティは時代とともに進化しています。その流れに対応するだけでなく、一歩先を目指す努力が重要だと考えています。

胃ろうと嚥下リハの両輪への課題

関谷:
 嚥下リハに集中して取り組む時期に胃ろうが導入されていれば、両者が連携し相乗効果を発揮できますが、これが一致しない課題があります。例えば、家族の拒否で胃ろうが導入されず、栄養状態が悪化したままリハビリ病院へ転院するケースや、胃ろうが入っていても転院先で嚥下リハが十分に行われないケースが見られます。

 当院では、こうした課題に対応するため「嚥下係り看護師リンクシステム」と「MYステーションスクリーニング」という独自のシステムで誤嚥性肺炎や窒息を予防・管理しています(図)。看護師が初期評価を行い、その結果に基づいて嚥下チームに依頼すべきか判断する体制を整えています。
東邦大学医療センター大森病院 栄養治療センター嚥下障害対策チームの取り組み
図)東邦大学医療センター大森病院 栄養治療センター 嚥下障害対策チームの取り組み
参考:https://www.lab.toho-u.ac.jp/med/omori/eiyo_chiryo/patient/enge_team.html
(2024年12月現在)をもとに、メディバンクス株式会社が加工・編集して作成
山崎:
 看護師が力をつけていけば、そこから新しい可能性が開けると思います。患者さんの一番身近にいるのは看護師ですから。本人やご家族の気持ちを汲み取って、何ができるのかを考えることが大切です。
鷲澤:
 チーム医療で重要なのは、ベ ッドサイドにいる一般病棟看護師と十分な情報交換ができているかどうかです。専門職だけで固まったチームは、一般の人の気持ちや日常生活の視点が抜け落ちるリスクがあります。医療を患者さんの日常生活にどう溶け込ませるかを考えたチーム作りは、まだ確立されていないのではないでしょうか。

 「分からないことが山ほどある」という認識を持ちながら、一つひとつ丁寧に向き合い、患者さんの生活に寄り添った医療を実現していく。その積み重ねこそが、未来を支える医療の在り方だと信じています。

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