予防接種とShared Decision Making
患者の価値観に寄り添う予防接種支援とは ~ナースが知っておきたい基礎知識~
投稿日:2025.01.27
医療技術の進歩とともに、患者さんが複数の治療方法の中から1つを選ばなければならない場面が増えてきました。しかし、患者さん自身がさまざまな要素を考慮しながら最善の選択をすることは、容易ではありません。そこで近年、患者さんと医療従事者が共同で治療方針を決定する、「共同意思決定(シェアード・ディシジョン・メイキング、Shared Decision Making、以下SDM)」の重要性が増しています。
今回ナースの星では、横山裕先生によるWebセミナー「予防接種の推進におけるSDMの実践 ~当院での実例に基づいて~」を開催しました。看護師の皆さんが予防接種で患者さんとの信頼関係を築くための、かかわり方のヒントを紹介します。
今回ナースの星では、横山裕先生によるWebセミナー「予防接種の推進におけるSDMの実践 ~当院での実例に基づいて~」を開催しました。看護師の皆さんが予防接種で患者さんとの信頼関係を築くための、かかわり方のヒントを紹介します。
(Webセミナー開催日 2024年5月30日)
医療法人社団ギブネス
葛西よこやま内科・呼吸器内科クリニック
葛西よこやま内科・呼吸器内科クリニック
横山 裕 先生
なぜ予防接種にSDMが重要か?
SDMとは、患者さんと医療従事者がともに治療方針を決定するためのコミュニケーションのプロセスであり、一方的な情報提供ではなく、患者さんの価値観を尊重しながら最適な治療方針をともに探ることが目的です¹⁾。
予防接種の知識には、個人差があります。また、一部の予防接種には公費助成がないことから、予防接種に関する説明や情報提供に加えて、費用および効果と安全性についての説明を行い、患者さんが納得できる選択をサポートしなければなりません。しかし、「医師主導(Clinician Decision Making:CDM)」による予防接種推奨ではときに一方的な指導となってしまい、患者さんの理解が不十分となる可能性もあります。本人の価値観や理解度に合わせたSDMによる働きかけが、納得の上での予防接種につながると考えています。
SDMによる介入がもたらすメリット
SDMは、患者さん自身の価値観に基づいた意思決を支援することで、エビデンスに基づいた治療方針を守りながら、より良い治療結果を得られる可能性を高めるとされています。さらに、患者さん自身が決定を後悔する可能性が低くなります²⁾。また、SDMは患者さんのヘルスリテラシーに合わせて対応でき、健康格差の是正にもつながります²⁾。
SDMは、ヘルスリテラシーが低い患者さんにこそ適用すべきという意見もあります。ある研究では、ヘルスリテラシーや社会・経済的地位の低い患者さんに対するSDMによる介入は、意思決定への参加意欲を増加させる可能性があると報告されています。また、複雑な医療専門用語を避け、より簡潔で短い平易な言葉で介入が必要だとも言及されています³⁾。
なお、SDMを構成する重要かつ基本となる 「基本の9要素⁴⁾」 や、臨床現場で患者さんの価値観や希望に沿った意思決定を支援するアプローチとなる「SHAREアプローチ⁵⁾」なども開発されています。また、Elwynらが提唱する「3段階の会話モデル(Three talk model)⁶⁾」も、SDMを実践する上で参考にするとよいでしょう(表)。
予防接種支援に役立つ 「行動経済学」 の視点
予防接種に対して非合理的な判断をしてしまう患者さんへは、「行動経済学」に基づくアプローチを検討してみてはいかがでしょうか。従来の経済学は、「人は合理的に行動する」という前提に基づいてきました。しかし実際には、人は感情や直感により合理的ではない行動や判断を行うことがあります。なぜなら、人は無意識のうちに「バイアス(偏り)」に捉われることで、合理的な判断を阻害されているからです⁷⁾。
行動経済学は、心理的バイアスを経済学に取り入れたアプローチで、中でも「現在バイアス」と「現状維持バイアス」の考え方は、予防接種の考え方にも通じる部分があります。現在バイアスは「目先のリスクを重視し、将来の効果を軽視する」こと、現状維持バイアスは「変化を避け現状維持を求め、現在の状況よりも好転するとわかっていても行動できない」心理で、これらが患者さんの判断に影響を与える場合があります⁷⁾。
例えば、新しいワクチンや公費助成のない予防接種では、患者さんが目先の経済的負担を嫌って予防接種を避ける可能性があります。そのため、予防接種のリスクとベネフィットに関する客観的なデータや未接種による将来のリスク ・損失を丁寧に説明し、患者さんの視点を変えるアプローチが必要です。また、個人によって異なる健康観や経済的負担、医療行為への価値観を握し、それぞれに応じた対応が重要です。
SDMにおける看護師の役割
SDMに影響を与える問題を検討した日本の研究では、看護師が外来診察に定期的に同席することは、医師のSDM評価に影響を与える要因であるとされています⁸⁾。これは、SDMにおける看護師の役割の重要さが示唆されています。
また、 肺炎球菌の予防接種にSDMを取り入れたところ、接種率が向上する可能性があるという海外の報告もあります⁹⁾。この研究のサブグループ解析によると、「患者の活性化については、医師による介入よりもテキスト配布や看護師による支援の方が効果が高まる」および「双方向性の情報交換では、医師よりも看護師が行う方が効果が高まる」とされています。このように、看護師が医療チームの一員としてSDMをサポートし、患者さんの意思決定を支援する役割が重要である可能性が示唆されています。一方で、「しかし、医師と患者の間の選択肢の検討は、看護師と患者の間の選択肢の検討よりも効果的であるように見受けられた⁹⁾」ともあり、段階に応じて、医師と看護師が役割を分担していく必要があるでしょう。
より適切かつスムーズなSDMは 普段のコミュニケーションから
SDMについて、ある文献では「意思決定の共有は、実際にはその前の段階から始まっており、その延長上にあると考えられる」¹⁰⁾と記されています。これを私なりに言い換えれば、医療従事者としてその患者さんと初めて対面し、コミュニケーションを取り始めたときから、患者さんの健康問題や価値観に寄り添って診療を進めていくということです。これにより、何らかの治療選択が必要になった場合でも、より適切かつスムーズにSDMを実践できると考えています。
参考文献
1)腎臓病SDM推進協会. (2020). 慢性腎臓病患者とともにすすめるSDM実践テキスト. 医学書院.
2)NHS England and NHS Improvement. (n.d.). Shared decision making summary guide.
3)Durand, M. A., et al. (2014). The effectiveness of shared decision-making in healthcare. PLoS One, 9(4), e94670.
4)Makoul, G., et al. (2006). An integrative model of shared decision making in medical encounters. Patient Education and Counseling, 60, 301-312.
5)Agency for Healthcare Research and Quality (AHRQ). The SHARE Approach.
https://www.ahrq.gov/sdm/share-approach/index.html(2024年12月現在)
6)Elwyn, G., et al. (2017). A three-talk model for shared decision making: Multistage consultation process. BMJ, 359, j4891.
7)大竹, 文雄, 平井, 啓.(2018). 医療現場の行動経済学 すれ違う医者と患者. 東洋経済新報社.
8)Goto, Y., et al.(2021). Shared decision making in Japanese healthcare. PLoS One,16(2).
9)Kuehne, F., et al. (2020). Shared decision making enhances pneumococcal vaccination rates in adult patients in outpatient care. International Journal of Environmental Research and Public Health, 17(23), 9146.
10)石川, ひろの. (2020). Shared Decision Makingの可能性と課題 ―がん医療における患者・医療者の新たなコミュニケーション―. 医療と社会, 30, 77-89.
1)腎臓病SDM推進協会. (2020). 慢性腎臓病患者とともにすすめるSDM実践テキスト. 医学書院.
2)NHS England and NHS Improvement. (n.d.). Shared decision making summary guide.
3)Durand, M. A., et al. (2014). The effectiveness of shared decision-making in healthcare. PLoS One, 9(4), e94670.
4)Makoul, G., et al. (2006). An integrative model of shared decision making in medical encounters. Patient Education and Counseling, 60, 301-312.
5)Agency for Healthcare Research and Quality (AHRQ). The SHARE Approach.
https://www.ahrq.gov/sdm/share-approach/index.html(2024年12月現在)
6)Elwyn, G., et al. (2017). A three-talk model for shared decision making: Multistage consultation process. BMJ, 359, j4891.
7)大竹, 文雄, 平井, 啓.(2018). 医療現場の行動経済学 すれ違う医者と患者. 東洋経済新報社.
8)Goto, Y., et al.(2021). Shared decision making in Japanese healthcare. PLoS One,16(2).
9)Kuehne, F., et al. (2020). Shared decision making enhances pneumococcal vaccination rates in adult patients in outpatient care. International Journal of Environmental Research and Public Health, 17(23), 9146.
10)石川, ひろの. (2020). Shared Decision Makingの可能性と課題 ―がん医療における患者・医療者の新たなコミュニケーション―. 医療と社会, 30, 77-89.
動画で学んでみませんか? 予防接種の基礎知識
「予防接種について学ぶ機会が少ない」という声に応え、GSKサイト内では、Nurse Portalを作成しました。患者さんへの説明に役立つ、予防接種の基礎知識に関するコンテンツを公開しています。
SDMを実践する第一歩として、ぜひ活用してみませんか。
SDMを実践する第一歩として、ぜひ活用してみませんか。
NX-JP-AVU-BKLT-240003 2024年12月作成
提供:グラクソ・スミスクライン株式会社
\ シェア /