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患者安全と働き方改革を考えるシリーズ

内視鏡看護における前処置不良対策のありかた
~医療事故の再発防止に向けた提言第10号と定量調査結果から考える〜

投稿日:2024.09.17

大腸内視鏡検査の前処置は、 検査結果とその質に関わる重要なものです。 そこでナースマガジンでは、「大腸内視鏡検 査における前処置の意識・実態調査」(以下、 定量調査) として、 内視鏡看護師を対象とした定量調査を実施し、154名 から回答をいただきました。 今回はこの定量調査の結果を先生方と共有しながら、前処置の課題やこれからについて 討論をしていただきました。

内視鏡看護における前処置の現状と課題

遠田
 今回の定量調査では、前処置実施場所は自宅が55.8%と最も多く、在宅での腸管洗浄剤へのリスクを80%の看護師が感じていました。 在宅前処置のリスクとしては、「腸管洗浄剤の副作用やリスクの理解」、「緊急事態発生時の付き添いがいない」、「飲み方の理解・実践が困難」などの回答が挙げられ、 「前処置に対しての課題」(図1)では、高齢化や説明の時間、患者理解などに課題があることが分かりました。その上で回答者の75.2%が、「前処置不良は、 内視鏡室運営に影響があると答えています。こうした内視鏡看護における前処置の現状と課題について、先生方はどのようにお感じになりますか?

天笠
 当院では、 前処置の実施は院内または自宅での内服となりますが、自宅での前処置については、やはりリスクを感じています。患者さんの高齢化について、80歳以上の場合は基本的に入院での前処置とし、在宅で内服される患者さんについては24時間の電話対応を行っています。 前処置不良が出た場合の内視鏡室運営への影響については、 前処置不良の原因にもよりますが、 看護師が付きっ切りでフォローをする必要がある場合など、スタッフの負担も患者さんの負担も大きいと感じています。
新村
 当院では腸閉塞のリスクなどがある場合を除いて、基本的には自宅で腸管洗浄剤を飲んできていただきます。 患者さんの理解について、たとえば最近では動画を使って説明するなど様々な方法があるかと思いますが、本当に理解してもらえているかを突きつめると、理解度を確認するということは、なかなか難しいところですね。
日山
 広島大学病院では、 前処置の実施場所について全体の3分の2程度が在宅で、それ以外が院内、入院して行うことは例外的な形です。一方で私が出向している外勤先の病院では、高齢者が多いこともあり、前処置は100% 院内処置です。大学病院は基本的に若い患者さんが多い印象ですが、外勤先の病院では80代の方はもとより、90代の方の大腸内視鏡検査も、最近では珍しくありません。

前処置不良対策の実践と不良発生時の対処


遠田
 実際の前処置不良対策実践と起きた時の対処について伺いますが、定量調査では「腸管洗浄剤を飲みきれない方」は10人中1人以上が76.6%で、大腸内視鏡検査におけるインシデントの経験が「ある」という回答は43.5%でした(図2)。 その際の症状については嘔気・嘔吐83.6%、 腸管洗浄剤服用後反応便が出ない70.1%、 腹痛 47.8%、腸閉塞43.3%で、死亡例も1.5%ありました。患者・家族への説明方法は説明用紙が96.8%で最も多く、口頭での説明が78.6%、動画が20.8%でした。
天笠
 腸管洗浄剤が飲みきれない場合、院内での内服であれば排便状況を確認の上、性状が整っていれば前処置は終了、在宅で飲みきれない場合は予約時間よりも少し早く来院していただき、院内で排便状況を確認しています。 当院では、切迫した便意からトイレに駆け込むことが原因での転倒・転落や迷走神経反射が原因だと思われるトイレ内での意識消失というインシデント事例もありました。転倒・転落リスクがある患者さんについては、ネームタグの色を変えて看護師が目視で確認できるようにし、看護師全員が配慮できるようにしています。 患者さんや家族への説明では、まずタブレット端末での説明の後、当院で作成した紙のパンフレットでの説明を行っています。
新村
 当院でも腸管洗浄剤が飲みきれない患者さんには、飲みきれなくても便がきれいであれば検査をします。汚れている場合は、追加して飲めれば水を飲んでいただき、それでもだめなら浣腸法や腸管洗浄剤の内容を変えての再検査などで対応しています。インシデントに関して当院では、水の飲み過ぎによる低ナトリウム血症の事例がありました。 前処置に関しては、脱水になることが一番怖いと考え、「お水を飲んでください」と強く説明するのですが、 低ナトリウム血症の事例以来、 ちょっと迷うところもあり、説明の難しさを感じています。患者さんや家族への説明の方法について、当院では検査説明に動画を用い、それでも難しい場合は院内法に切り替えております。
日山
 腸管洗浄剤については、飲んでいる途中で嘔吐したり、飲みきれないという方はいらっしゃいますね。 そのような場合、腸管洗浄剤も複数の種類がありますので、その人がより飲みやすいものでアプローチするようにしています。 前処置に関連するインシデントについては、特に高齢者の場合は脱水と、それが原因による心筋梗塞という事例を経験したことがあります。 患者さんや家族への説明に関してリスクマネジメントの観点から考えると、 検査を受ける人は必ずメリットとデメリットを全て理解した上で検査を受けるのが大前提ですので、そのための工夫はたいへん重要ですね。

前処置に関わる死亡事例を分析した医療事故再発防止への提言第10号

遠田
 大腸内視鏡検査の前処置におけるインシデントやリスクに関しては、一般社団法人日本医療安全調査機構の医療事故調査・支援センターが2020年に、『医療事故の再発防止に向けた提言第10号大腸内視鏡検査等の前処置に係る死亡事例の分析』(以下、10号提言) を発表しています。今回の定量調査でも、10号提言を知っているかという質問に対し、「知っていて内容も理解している」 が10.4%、 「知っていて概要程度は知っている」 が26.0%でした(図3)。

 日山先生は医療事故調査・支援センターの専門分析部会員として、この10号提言の取りまとめに参画されておられます。提言の概要やポイントについてお聞かせください。
日山
 10号提言は、2015年の医療事故調査制度開始から2019年4月末までに医療事故調査・支援センターに報告された院内調査結果報告書 1,004件のうち、大腸内視鏡検査等の前処置に係る死亡事例全12例を検討したものです。

 その結果、前処置に係る死亡事例は以下の2パターンに分類することができました。1つは大腸内視鏡検査等の前処置で使用する下剤・腸管洗浄剤の服用が契機となり、腸管内圧が急激に上昇し、腸閉塞、腸管穿孔、敗血症などが惹起され、比較的短時間で死亡に至ったというケース。もう1つは嘔吐して誤嚥、窒息による死亡というケースです。 腸閉塞による死亡事例では、高齢者の場合予備能が低下していることから病状が急速に悪化してしまう、また高度便秘や直腸S状結腸がんがある場合には硬い固形便が狭窄部分にはまり、腸管洗浄剤などの流入により腸管内圧が上がることで腸閉塞や腸管穿孔が引き起こされていることが考えられます。嘔吐から誤嚥、窒息して死亡する例も高齢者に特徴的であり、 便秘も嘔吐の原因になっていると思われます。さらに、こうした死亡事例は腸管洗浄剤だけでなく、前日に服用してもらう下剤でも発生していることにも注意しておくべきでしょう。

 以上の点から高齢者、 なかでも便秘のある人に対する前処置には十分な注意が必要です。 これらの点を踏まえ、大腸内視鏡検査の前の問診票(富士製薬工業発行)を監修しましたので、 皆様にも広く使っていただければと思います。

安全な前処置運用に資する適切な腸管洗浄剤の選択

遠田
 次に安全な前処置運用のポイントについて伺いますが、 定量調査では「腸管洗浄剤の服薬遵守において重要と思う要素を選んでください」という質問に対し、「薬液量が少ない」 が81.8%、 「味がおいしい」が85.7%となっていました(図4)。

天笠
 当院では複数種類の腸管洗浄剤を使用していますが、サルプレップ®配合内用液に関しては、 少ない薬液量で便がきれいになる印象がありますので、患者さんの負担も軽いと思います。 看護師の側からみても、 内用液として患者さんにお渡しするので粉末を溶かすといった手順が必要なく、簡単でとてもよいと感じています。
新村
 製剤の粉末を水で溶かして飲んでいただくタイプの腸管洗浄剤では、在宅で使用する場合に薬剤が溶け残ったまま服用され、便がきれいになっていない状態で来院されるといったケースもありますので注意が必要ですね。
日山
 定量調査の回答にあるように、腸管洗浄剤の服用においては、飲む量が少ないこと、また味がおいしい、つまり飲みやすいということは、患者さんにとってもメリットが大きいですね。 また先生方がご指摘されたように、作り方が簡単であるということは、看護業務の軽減につながりますので、この点も重要なポイントです。 その上で、あえて課題を指摘するとすれば、特に85歳以上の超高齢者においては、高張液の場合、途中で飲めなくなった時にミネラルバランスを崩すリスクがあります。 このため超高齢者に対しては、等張液の方がより安心かもしれません。
遠田
 続いて、 「前処置において解決したい課題として当てはまるものがあれば教えてください」 という問いに対して、「腸管洗浄剤の副作用やリスク、注意事項の説明」が70.1%と最も多く、次いで「前処置による便の確認」 が59.1%となっていました。こうした便の確認に関しては、どうしても見る人の主観的な判断が出てくるので難しいところだと思うのですが、いかがでしょうか。
天笠
 当院では看護師の目視で確認をしていますが、きれいで整った便だと判断しても、検査をしたら少し便が残っていたということはよくあります。
日山
 広島大学病院でも、あるいは外勤先の病院においても、やはり便の確認は看護師が目視で行っている状況です。また看護師の判断だけでなく患者さんの認識についても、 「きれいになった」とご自身が申告していても、 実際にはそうではないというケースは多々ありますね。

AIが前処置の排便性状を判定 「ナースコープ」の開発

遠田
 前処置における便の確認という課題に対しては、 新村先生が問題解決のための新しいアプリを開発されましたね。
新村
 私たちのグループでは、当院初のベンチャーである株式会社Jmeesとの共同により、AIによって前処置時の排便性状を判定するアプリ「ナースコープ」を開発し、今年5月にリリースしました。このアプリはスマートフォンにインストールし、前処置時の排便を撮影すると、その排便性状をAIが自動で判定・評価するものです。判定結果が星1~2つの場合は便性状が十分にきれいではないという判定で、星3つで検査可能となります。 実際に検査を開始するかは医師の判断ですが、患者さんや看護師による便性状確認の目安に活用できるものです。

 前処置での便性状確認については、患者さんからは「本当にきれいになっているか自信がない」という声を、 看護師からは「便性状が本当にきれいなのか、答え合わせができない」 といった課題を聞いていました。また、院内での前処置における看護師の負担軽減も課題としてあり、AIを活用して便性状の確認ができないかと考えたのです。

 「ナースコープ」の性能について、 海外のガイドラインでは腸管洗浄度のスコアを9点満点で表し、 6点以上なら、ある程度の検査の質を保って内視鏡検査ができるとしています。 そこで「ナースコープ」での判定結果を調べたところ、 104人中99人が星3つで検査ができましたので、95%以上の方について、一定程度の質を保って大腸内視鏡検査を実施することができました。

 ただし、このアプリはあくまでも便の性状を判定するものであり、腸管洗浄度を高めるものではないという点については、理解をしていただきたいと思います。なお本アプリは、 Jmeesのホームページ(https://www.jmees-inc.com/nurse cope/) にある二次元コードから無料でダウンロードができますので、ぜひ活用してください。

内視鏡看護における看護師の働き方改革の現状

遠田
 先ほど腸管洗浄剤に関して日山先生から、「作り方が簡単であるということは、看護業務の軽減につながる」というお話をいただきました。 今回の定量調査では、いわゆる“働き方改革” に関連する質問も行っています(図5)。 こうした内視鏡看護に関わる効率化や働き方改革の現状や課題について、皆さんどのようにお考えでしょうか。

天笠
 先に少しお話ししました、前処置の説明に関しても以前は紙のパンフレットで説明していたものを、現在はまずタブレット端末での説明を患者さんに見ていただいた上でパンフレットを使って説明をすることで、全体としての説明時間短縮につながっています。また、院内で腸管洗浄剤を飲んでいただく患者さんに対しては、内視鏡センターの看護師ではなく外来の看護師が説明をすることで業務の効率化に繋がっています。

 さらに当院では、 DX化にも力を入れています。 その一環として、従来は消化管内科の病棟と内視鏡センターの間ではPHSを使っての連絡が行われていたのですが、現在は双方で共有する電子ホワイトボードを設置し、検査の順番や患者さんのお通じの状況などの情報が共有できるようになっています。これにより、担当看護師の間でのやり取りがよりスムーズになりました。
新村
 看護師の皆さんの働き方改革という点では、治療時間の長さという問題も大きいかと思います。 このため当院では、長時間の治療が予想される場合、あらかじめ午前中から開始するなどの配慮をすることで、なるべく看護師の残業を減らすようにしています。これは、私たち医師の働き方改革に通じる所でもありますね。
日山
 大学病院も働き方改革の影響をたいへん強く受けているところで、「遅くまで頑張って仕事をした」 という時代は終わらせなければなりません。そのために、地域でみることができる患者さんは地域に返し大学病院はフォローに回る、スクリーニング目的で受診される患者さんについても、できるだけ地域の医療機関でみていただけるように働きかけているところです。

患者安全と働き方改革に資する内視鏡検査前処置実践のために

遠田
 それではまとめとして、先生方に結びのコメントをお願いします。
天笠
 定量調査の結果からは、内視鏡看護に携わっている全国の皆さんも、それぞれ悩み工夫されていることがよく分かりました。今後は10号提言をスタッフに広めながら、「ナースコープ」や「大腸内視鏡検査前 問診票」も活用し、より安全な内視鏡看護を実践したいと思います。
新村
 日山先生からお話をいただいた10号提言について、今後は内視鏡室の運営に活かせるようスタッフ全員と共有したいと思います。また、天笠先生から病棟と内視鏡室との連携についてのお話がありましたが、私たちもそのような連携を積極的に取り入れたいと考えています。
日山
 皆さんのお話をうかがい、私もたいへん勉強になりました。特に新村先生にご解説いただいた「ナースコープ」については、広く周知させていただこうと思います。 また、タブレット端末や動画の活用などを進めつつ、 一方で簡略にしすぎて患者さんの理解が悪くならないよう、注意することも大切だと思います。
遠田
 大腸内視鏡検査の前処置について様々なご意見や実践のお話をいただき、本当にありがとうございました。

※本記事で紹介されてる経口腸管洗浄剤の詳細はこちら
https://www.fuji-pharma.jp/sulprep

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