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【VPDの基礎知識】 ~前編~ VPDとワクチン

投稿日:2024.01.05

 予防接種は感染症を防ぐための一次予防の手段の一つですが、個人だけでなく、社会全体の健康と安全を守る役割もあります。

 新型コロナウイルス感染症の流行に伴い、ワクチンが身近な話題となっていたものの、予防接種およびワクチンの情報に対して、科学的に正確でない受け取り方がなされた例も少なくありませんでした。改めて、予防接種における情報発信、リスクコミュニケーションの重要性が再認識されました。

 今回ナースマガジンでは、医療従事者として看護師が知っておくべきVPD(ワクチンによって防ぐことのできる病気)とワクチンについて、本領域の専門家である菅谷明則先生にお伺いしました。(2023年8月3日取材)
菅谷明則先生
すがやこどもクリニック院長
日本小児科学会専門医 医学博士
「NPO法人VPDを知って、子どもを守ろうの会」理事長

Q: そもそもVPDとは何でしょうか?

A: 「ワクチンで防げる病気」をVPDと呼びます。

 「ワクチンによって防ぐことのできる病気」のことを指しています。VPDは、子どもだけでなく大人にもあり、大人のVPDとしても現在10種類以上のVPDがあります。

オトナのVPD一覧(10代から高齢者まで)

・新型コロナ感染症(COVID-19)
・髄膜炎菌感染症
・風しん
・おたふくかぜ
・インフルエンザ
・日本脳炎
・帯状疱疹
・子宮頸がん、HPV(ヒトバピローマウイルス)感染症
・麻しん(はしか)
・水痘(みずぼうそう)
・B型肝炎(肝臓がん、肝硬変)
・百日せき
・破傷風
・高齢者の肺炎球菌感染症
引用:NPO法人 VPOを知って、子どもを守ろうの会「大人のVPO一覧」(10代から高齢者まで) https://otona.know-vpd.jp/vpd.html をもとにメディバンクスが作成(2023年9月現在)


 現在のVPDは数多く存在する感染症のうちの一部に過ぎません。しかし高齢化が進んだ日本で健康長寿社会を実現するためには、一生を通してワクチンで病気を防いでいくことも重要となっています。これは「Life Course Immunization(生涯を通しての予防接種)」といわれ、人生のすべての段階ですべての人々がワクチンの最大限の利益を享受できるようにすることが重要だとされています(1)。

Q: ワクチンが免疫を強化する仕組みとはどのようなものでしょうか?

Q: 体の中の免疫を誘導し、病原体が入ってきたときに、発症や重症化を防ぐものです。

 ワクチンは予防接種(ワクチンを使って病気を予防する医療行為)に使用される薬剤のことをいいます。ワクチンを接種することによって体の免疫を刺激し、次回の感染症の際に重症化や発症を予防する役割を果たします。ワクチンは、病原体(主に細菌やウイルス)の毒性を弱めたり無道化したりして作られますが、近年では、病原体のタンパク質や遺伝子の一部を使ったワクチンも開発されています。
 簡単に言うと、ワクチンが体に接種されると、免疫細胞の中の樹状細胞がワクチンの成分を感知します。この情報はヘルパーT細胞に伝えられ、さらにヘルパーT細胞はキラーT細胞に攻撃の指示を出し、B細胞には抗体の生成を促します。B細胞は形質細胞に変化し、多くの抗体を産生します。同時に、メモリーB細胞とメモリーT細胞も生成され、これにより次回の感染時に素早く反応して病原体を撃退することができます。ワクチンは免疫システムを強化し、感染症のリスクを低減する重要な役割を果たしています(2)

Q: 予防接種の役割について改めて教えてください。

A: 非接種者個人の感染症の発症や重症化を防ぎ、そして社会に感染症が蔓延しないようにする(集団免疫効果)ことです。

予防接種は、非接種者(接種した本人)が感染しないこと、感染しても重症化しないようにすることに加えて、多くの人が接種することで、接種対象年齢に達していない人や、疾患やその治療のために生ワクチンを接種できない人などを感染から守るという重要な役割も果たしています。これを「集団免疫効果」(図2)とよびます。これには、予防接種を受けていない人たちの感染を予防し、社会に感染症が蔓延しないようにすることも含まれています。予防接種を受けていない人たちは、予防接種をした人たちにまもられている面もあるわけです。
 また、妊婦が風疹にかかってしまうことで「先天性風疹症候群※」を発症する事例があります。これも予防接種によって、流行自体を抑えておくことで、妊婦がかかる可能性も低くなります。これは私たちの「子孫のため」にワクチンを接種していることになります。
※先天性風疹症候群
風疹ウイルスの体内感染により、出生児が先天性心疾患や難聴、白内障などを起こすといわれています(3)
図2:ワクチンによる集団免疫効果


Q: 近年、新型コロナワクチンが話題になっていますが、実際ワクチンは社会にとってどういう意味があるのでしょうか。

A: 集団免疫効果で流行規模を小さくし、発症者、重症者、死亡者を減少させることで、結果的に社会活動の維持につながります。

 今回の新型コロナウイルス感染症の流行を受けて実感したのですが、このようなパンデミック禍では、多くの人が予防接種を受けることで、発症者や重症者、死亡者を減少させ、限りある医療資源の枯渇を防ぐこともワクチンの重要な目的の一つであるということです。
 また、感染症の流行に伴い、病床がひっ迫し、感染症以外の入院ができないような事態を起こさないようにすることも重要です。これらは、ひいては医療費の削減、社会活動の維持にもつながるものだと実感しています。


Q:日本の予防接種にはどのような歴史があるのでしょうか?また予防接種において、日本は他国と比べてどのような立ち位置なのでしょうか?

A: 戦後、「予防接種法」の制定がきっかけで国民の予防接種に対する意識が高まりました。しかし、国際的な視点からみると日本はワクチン後進国であると指摘されています。

 日本では、戦前からワクチンが存在していましたが、1948年の「予防接種法」の制定により接種が広がり、感染症の報告は現象していきました(4)・。1970~80年代には無細胞百日咳ワクチンや水痘ワクチンの開発で世界をリードしています。
 しかし、種痘後脳炎や全菌体百日咳ワクチン接種後の死亡例、麻しんおたふくかぜ風しん混合ワクチン接種後の無菌性髄膜炎などの問題が生じ、欧米で導入され始めていたヒプワクチンや小児用肺炎球菌ワクチンなどの新しいワクチンの国内での導入に消極的になりました(5)。
1968年頃から3種混合(ジフテリア・破傷風・百日咳)ワクチンが接種されるようになり、百日咳の届出数は大きく減少しました。しかし、接種後の死亡が報告され、集団接種が一時的に中止されました。これをきっかけに1979年に200例であった百日咳の届出数が13,000例に増え、0だった死亡例も20例となりました(6)。のちの調査で、副反応とされた脳症の一部が乳児期に発症するてんかんである「ドラベ症候群」であることが判明しました(7)。
 このような状況は、国内でのワクチンへのアクセスを妨げ、海外に対して遅れを生む「ワクチンギャップ※」の状態を作り出しました。このことからワクチンの安全性の評価は非常に重要で、「副反応」と「有害事象」(図3)についても医療従事者がしっかりと理解しておくことが大切だといえます。
※ワクチンギャップとは
WHOが接種を推奨しているワクチンが、日本では定期接種になっていない、もしくは国内に導入されていないという状況。国際的な視点からも日本はワクチン後進国であると、その遅れが指摘された。

図3:有害事象と副反応
参考:日本小児科学会「しっておきたいわくちん情報」
No.04 予防接種の副反応と有害事象
https://www.jpeds.or.jp/uploads/files/VIS_04hukuhannou.yuugaijisyou.pdf


Q: 日本の予防接種制度が遅れているとのことですが、私たち、看護師ができることは何でしょうか?

A: 医師だけでなく、看護師もワクチンの有効性や安全性、VPDに関する知識などを持っておくことが重要です。

 例えば米国では、日本で認められていないワクチンが承認され、接種が推奨されています(8)。日本でもヒプワクチンや肺炎球菌ワクチンが導入され(9)、以前よりワクチンギャップの状態は少しずつ改善されています。しかし、有効性や安全性の評価などの問題が残されています。
 そこで、大事なのは予防接種の政策を決定する「システム」の構築だと考えています。
 日本でも、科学的データや疾患の重要性に基づいてワクチンを推奨していくためには、専門家が中心になって施策を決定できる制度の構築が必要ではないかと思います(10)。
 新型コロナウイルス感染症が、5類感染症に移行となり、感染予防の意識が以前より少し低くなっている現在、百日咳やおたふくかぜなどの流行が予想されます。百日咳の流行では重症化するのは新生児、乳児です。海外では、新生児、乳児の百日咳を予防するため妊婦に対するワクチン接種が行われています(11)。今後は妊婦に接種することで出産後の新生児、乳児のVPDの発症を予防する様々なワクチンが開発され、使用されていくでしょう。日本はこの妊婦に対するワクチンで遅れ、新たなワクチンギャップが生まれてしまうかもしれません。
日本が感染症予防において、他国に後れを取らないために、看護師を含めた医療従事者としてできることの1つとして、患者さんへの十分な情報提供も重要です。まずは今回、お話したようなVPDとワクチンに対しての知識を深め、医療従事者であるあなた自身が、感染症予防について考えてみてほしいと思います。

VPDの基礎知識~全編~では、VPDとワクチンについてお伺いしました。次回、後編では、予防接種における医療従事者の役割や位置づけ、被接種者とのコミュニケーションについてお届けします。
参考文献
(1) 欧州製薬団体連合会(EFPIA Japan)ワクチン部会
http://www.efpia.jp/vaccines_work/index.html (2023年9月現在)
(2) 厚生労働省「新型コロナワクチンQ&A ワクチンと免疫の仕組み」
https://www.cov19-vaccine.mhlw.go.jp/qa/column/0010.html (2023年9月現在)
(3) 参考文献:国立感染症研究所 「先天性風疹症候群」
https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/429-crs-intro.html(2023年9月現在)
(4) 厚生労働省「我が国における健康をめぐる施策の変遷」
https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/14/dl/1-01.pdf (2023年9月現在)
(5) 国立感染症研究所「Hibワクチン定期接種化に至るまでの経緯と小児ワクチン接種の現状」
https://www.niid.go.jp/niid/ja/iasr-sp/2253-related-articles/related-articles-401/3713-dj401a.html (2023年9月現在)
(6) 国立感染症研究所「百日咳」 
https://www.niid.go.jp/niid/ja/component/content/article/392-encyclopedia/477-pertussis.html (2023年9月現在)
(7) 監修:日本小児神経学会 編集:熱性けいれん診療ガイドライン改定ワーキンググループ
 「熱性けいれんガイドライン2023」発行診断と治療社、P99
(8) CDC「RSV in Older Adults and Adults with Chronic Medical Conditions」
https://www.cdc.gov/rsv/high-risk/older-adults.html (2023年9月現在)
(9) NPO法人 VPDを知って、子どもを守ろうの会 「日本vs世界のワクチン事情2」
https://www.know-vpd.jp/vc/vc_wrld02.htm (2023年9月現在)
(10) WHO「National Immunization Technical Advisory Groups (NITAG)」 
https://www.who.int/europe/groups/national-immunization-technical-advisory-groups-(nitags) (2023年9月現在)
(12) 国立感染症研究所「海外の妊婦への百日咳含有ワクチン接種に関する情報」
https://www.niid.go.jp/niid/ja/allarticles/surveillance/2438-iasr/related-articles/related-articles-467/8561-467r10.html (2023年9月現在)

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